祗王寺の印象
Nikon F nikkor 35/mm f 2.8 Tri-X
五月雨の降りしきる中、柴岡亮子の乗ったタクシーは渡月橋を渡っていた。・・・「嵯峨野はどこえ?」と、運転手は生憎の雨に悔やみを込めてたずねる。・・・「祗王寺まで・・・」と、亮子は答える。・・・、「瀬戸内 晴美 著 『女徳』」、の初ページ部分であるが、多分、亮子は嵐山の駅前から乗車したのだろうし、もし雨でなかったら、嵐山の新緑に身を染めながら、嵯峨野路を歩いていたに違いない。・・・平清盛の寵愛を受けながらも、「祗王」は薄幸の生涯をこの庵で送ることになる。今でこそ楓に覆われ、苔を敷き詰めた庭が、贅とロマンを感じさすけれども、この隠居屋とも思える庵は、当時は昼なお暗い山の中だったのだろう、近くには風葬の地「あだしの」も近い、夜風に揺れる笹の音にも怯えるであろうこの地に、それにも勝る薄幸を背負っていたが故に、身をおくことが出来たのか・・・。


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